[ 文:橋本真由美 写真:橋本道継 ] 2014年9月2日



 紫野。いかにも京都っぽい地名ですね。
この辺りは平安京の北の郊外に位置し、平安の昔から皇族や貴族が猟や散策をする野原が広がっていたそうです。今でも観光バスが通り越す、のんびりとした住宅地ですが、歴史の授業で習った名だたる人物が縁をもった場所でもあります。


【 路地だらけ 船岡山 】


 平安時代の女流作家、清少納言さんが「枕草子」で “岡は船岡”と詠んだ船岡山(ふなおかやま)。高さ100mほどの小山ですが、都が一望できる景勝地であったそうです。
 船岡山には、織田信長を御祭神とする建勲神社(たけいさおじんじゃ)があります。


後ろの小山が船岡山。

 見晴らしが良いことから、ヒトヨムナシイ(1467年)応仁の乱では、ここに西軍の城が築かれ陣を構え、この一帯が西陣と呼ばれるようになりました。応仁の乱後、逃げて散らばってしまった機織り(はたおり)職人たちがこの地に集まり仕事を再開します。あの西陣織の名前の始まりです。


京都伏見店限定、西陣キーホルダー。





 狭い路地があちこちに広がり、歩き回ると東西南北がわからなくなってしまうような昔ながらの住宅地ですが、時折、家の奥から機織りの音が聞こえてきます。手織りの音だったり機械織りの音だったりと様々ですが、大半が家内工業。なんとか踏ん張っていただきたいものです。


 船岡温泉。昭和初期に、大正時代の料理旅館を銭湯に改築しました。風格ある玄関にお風呂屋さんの暖簾。


 家族で営む、小さなオムライスの店を見つけました。


【 静かな大寺院と珍味 大徳寺 】


 船岡山から北に上がり大通りを越えると、大徳寺が見えてきます。応仁の乱で荒廃した小さな禅の庵を、とんちでおなじみの一休禅師が復興させたそうです。




 戦国の時代に、茶人の千利休の力添えで豊臣秀吉が大徳寺の僧と親密になったことで、大徳寺に光が当たるようになりました。

 信長の死後勢力を拡大した秀吉の影響で戦国大名がステイタスのようにここに塔頭(たっちゅう:個別の寺院)を持つようになり、二十二もの塔頭を持つ大寺院になりましたが、ほとんどが非公開なので普段は訪れる人も少なく、境内はとても静かで落ち着いた空気が流れています。

 観光客で混雑する寺社仏閣を離れて、石畳が続く静かな散歩道はいかがでしょうか。


 山門(三門)。一階を建てたまま放置されていた門に、千利休が二階を建て“金毛閣(きんもうかく)”と名付けました。この二階に利休の木像を置いたことが、「この秀吉に股下をくぐらせるのか」と秀吉の怒りを買い、後の利休の切腹に至ったといわれています。

はてさて、木像設置は策略なのか偶然なのか…戦乱の世の人間模様さまざま。


 芳春院(ほうしゅんいん・非公開) 。
加賀百万石・前田家の菩提寺で、前田利家の奥さんの”まつ”さんが建立。まつさんの法名をとって芳春院と名付けたそうです。

雨の日にも訪れてみたい、素晴らしい風情です。
                   (非公開ですが門の中までは入れます)




 総見院(そうけんいん・非公開)
織田信長の菩提寺。
豊臣秀吉が織田信長の葬儀を、ここで延々17日間にわたって盛大に行ったそうです。

 といっても、お葬式という名を借りた秀吉による勢力交代宣言セレモニーだったとも言われています…、リアルな大河ドラマですね。


【 京都一の珍味? 一休さんゆかりの大徳寺納豆 】


 これを一度食べてみたくて、大徳寺にやって来たようなものです。

 大徳寺に伝わる納豆で、一休禅師がその製法を伝えたとされています。各地の禅寺で作られ、京都では大徳寺でさかんに作られたことから、大徳寺納豆と呼ばれているのだそうです。


 いわゆる糸を引く納豆とは似ても似つかない姿かたち。真っ黒なその姿は、アレにも似ています…。
鹿さんのアレ




 いったいどんな味なのでしょうか。大徳寺の料理方を代々つとめる、老舗精進料理屋「大徳寺一久」で、初・大徳寺納豆!


 一粒試食…。
普通の納豆とは見た目も似ていませんが、味も全く似ていません。
ありきたりではない京都みやげとしてはインパクト大ですが、喜ばれるかどうかは相手次第ですね。
私は気に入って毎日楽しみに食べていますが、味はヒミツにしておきます。


【 開運玉の輿 今宮神社 】


 大徳寺の近くにある今宮神社。平安時代以前から紫野の地で、疫病を鎮める神様として祀られています。
 別名「玉の輿神社」とも呼ばれ、良縁を願う女性のお詣りが多いそうです。西陣の八百屋の娘に生まれた「お玉さん」という人が第三代将軍、徳川家光に見初められ、輿に乗って上京。五代将軍綱吉の生母として従一位まで登り詰めたことから「玉の輿」という言葉が生まれたといわれています。



 玉の輿の語源については諸説あるようですが、位を極めた後も、故郷の西陣や今宮神社の復興に尽力したお玉さんにあやかり、今宮神社には「玉の輿お守り」というものがあります。開運、良縁を祈願する方はどうぞ。

西陣の八百屋さんらしく、西陣織の袋に京野菜の刺繍が愛らしい。

 また、今宮神社には「阿呆賢さん(あほかしさん)」と呼ばれる奇石が祀られています。叩くと怒って重くなるそうで、ペチペチペチと三回叩いて一度持ち上げ、次に願い事を念じて三回なでて持ち上げて、最初よりも軽く感じると願いが叶うそうです。


 それにしても、なぜ「あほかしさん」なんだろう…。


【 どっちも元祖? 門前菓子「あぶり餅」でシメる 】




 今宮神社の東門を出ると、参道に香ばしい匂いがいっぱいにたちこめていて、両側に建つ二軒の古い茶屋から、ほぼ同時に「おかえりやす〜どうぞ〜」と明るい客引きの声がかかります。この茶屋に、とても美味しい名物門前菓子があるのです。




 神前に供えられた竹を細長く割いた串に、指でちぎった小さなきなこ餅を刺して炭火であぶり、白味噌をつけていただく「あぶり餅」 。素朴な香ばしい風味がとっても美味しいんですよ。参拝客だけでなく、地元の人のおやつ代わりにも愛されているようです。




 昔の門前茶屋のたたずまいを今も変わらず残すのは、京都ではここだけだと言われています。向かって左の「かざりや」は創業400年、右側の「一文字屋和助」はなんと平安時代から、創業1000年を超えているのだとか。

 同じ客引き文句で、同じものを同じ価格で売る茶屋。どっちのお店に入ろうか迷ってしまいます。どちらも本家、元祖を譲らないそうですが、聞くところによると400年以上もしのぎを削って同じ商品だけを売る両家には、長い歴史の中でつちかわれた、暗黙の了解と調和があるのだそうです。

 客引きといってもとても柔和で洗練されていて、陽当たり加減、店のたたずまい、その日の気分や目があったなど、お好みでお選びください。味はどちらも美味しいです。




 観光地からちょっと外れた洛北・紫野。
見どころも、美味しいものも(珍味も)、飽きさせない街です。たくさんの観光客に飽きたら、ぜひ訪れてみてくださいね。



おわり



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