[ 文:橋本真由美 写真:橋本道継 ]



京都伏見店からバイクで10分たらず、第二京阪道路と京滋バイパス、国道1号線が交差する道路群のすぐそばに、ぽつんと残された古い小さな集落、東一口(京都府久世郡久御山町)。京都の代表的な難読地名のひとつで、「ひがしいもあらい」と読みます。


毎日の通勤で国道1号線を走っていて、ずっと気になりつつも通り過ぎていたこの地を、今回は訪ねることにしました。なぜ一口でイモアライと読むのかは未だに不明らしいのですが、開発の波に押されながらも、ここだけ時間が止まったかのような細長い街並みには、なんとも不思議さを感じます。


京都伏見店を出て国道1号線を大阪方面に下る途中に突然広がる広大な農地。ここはかつて「巨椋池」という大きな池で、豊臣秀吉の伏見城築城に伴う河川工事や昭和初期の干拓事業によって農地に生まれ変わりました。


東一口はもともと巨椋池の中洲に細長く突き出た漁業集落で、中世の昔から広大な池の7割の漁業権を持つ、とても豊かな村だったそうです。
干拓後は漁業は行われなくなりましたが中洲の名残は変わらず残り、かつて池の底であった農地から見上げるように、古い家並みが細長く続いています。

地区の中にお邪魔すると、すぐそばを4車線の国道1号線が通っているとは思えないほど、静かな空間が広がっています。



蔵と白壁を持つ立派な家並み。当時の繁栄が想像できます。


中でもひときわそびえ立つ、この地区の漁業を取りまとめていたお家の門 (山田家長屋門 登録有形文化財)。


残念ながら修復工事中。


家と家の間には池(今は農地)に降りる石段があちこちに残っていてここが池に浮かぶ中洲であったことが分かります。


地区のあちこちに古びた階段があります。


元々は芋洗と呼ばれていた集落が、三方を池に囲まれ、西側に一ヶ所(一口=ひとくち)しか地続きの道がなかった細長い中洲独特の地形から、芋洗の一口と言われ、いつしか一口がそのままイモアライと読まれるようになった説が有力とか。

不思議なくらい、ここだけぽつんと残った古い家並み。
観光地でも何でもない、ごく普通の集落がこのような景観を残しているというのは、地区の人が歴史を大切に守ってきた証とも言えますね。


地区のそばを流れる川に面する桜並木は、私達が自選する花見の穴場です。




この周辺は高速道路が新設され、橋脚建設のために急ピッチで田畑が埋め立てられています。戦前に大きな池が田畑に変わるのには長い月日を要しましたが、今、田畑が橋脚に変わるのはあっという間。時代が違うとはいえ、あっけないものだなと思いながら、景色を横目に日々国道1号線を利用する私です。

目まぐるしく変化する景色の中で時が止まったようにたたずむ、置き土産のような小さな集落。
これからも、できれば変わることなく、静かにゆっくり時を刻んでほしいと願います。



大きな池の置き土産。

終わり



≪古都巡りTOPへ

menu shop-info products blog touring menu shop-info