[ 担当:橋本 ] 2011年11月25日


高麗門(こうらいもん)
東大路通を北へ、平安神宮の北側に位置する金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)。南西に位置する「高麗門(こうらいもん)」をまっすぐ東へ進めば駐車場がありバイクはその駐車場脇か案内板付近に停める。

浄土宗の開祖、法然上人(ほうねんしょうにん)が比叡山の黒谷(くろたに)で修業を終えて山を下り、この地に結んだ庵が後の金戒光明寺であることから「くろ谷さん」の名で親しまれている。

いわゆる「修学旅行コース」に含まれることもなく、知らない方も多いかもしれませんがこのお寺、知恩院と並ぶ浄土宗の大本山であり、かの源平合戦や、戦国大河ドラマでおなじみの「春日局」や「江」ゆかりの寺であり、そして新撰組発祥の地でもある、歴史を越えた由緒あるお寺なのです。

一番最初に見えてくるはずの「山門」は現在修復中(平成25年秋竣工予定)で、残念ながら見ることはできず。この山門楼上仏殿からの眺めは、それはそれは素晴らしいとのこと。素晴らしいと言われれば余計に見たくなる・・・。


鐘楼(しょうろう) 経蔵(きょうぞう)

大殿である御影堂(みえいどう)へと続く石段の脇には鐘楼と経蔵が建つ。

大方丈の前庭、静かで居心地のよい空間です。

 紫雲の庭

法然上人の一生を石と苔で表現した枯山水庭園、「紫雲の庭」。


紫雲の庭にある茶室の一つ「花峯庵(かほうあん)」。

鹿威し(ししおどし)の音が風情あります。 お抹茶に八つ橋でしばし休憩。

茶席の窓から望む景色も良く、つい長居してしまいます。

庭内の池の周りを回遊できる山道には、カメがいたるところに。全部で33匹いるとのこと。


東側に広がる広大な墓地の入口にある蓮池。そこにかかる極楽橋からみる三重の塔(文殊塔)。ここから塔までの石段を登れば、京都市内を一望できる絶景スポット。

墓所には「春日局」の墓や、春日局と犬猿の仲といわれた「江」の遺髪を収めた供養塔、江の嫡男(ちゃくなん)で春日局が乳母をつとめた徳川三代将軍家光との跡目争いに敗れ、失意のうちに自害した次男、徳川忠長の供養塔もここにあります。

ちなみにこれらの供養塔は春日局が建立したそうです。骨肉の争いに勝利したはずの春日局が、江と忠長によほど申し訳ないと思ったのか何なのか、丁重に供養した上に自身も同じ場所に眠るなんて、いやはや女心は今も昔もよくわからないものです・・・。


この地は幕末に京都守護職を勤めた、会津藩主松平容保(まつだいらかたもり)が本陣を置いた場所であり、浪士組として京都に来ていた芹沢鴨(せりざわかも)、近藤勇(こんどういさみ)らは、松平容保から「新撰組」の名を賜り、新撰組の屯所壬生(みぶ)との密接な連絡関係にあったことから、くろ谷は新撰組発祥の地と言われています。

また、源平の合戦で平敦盛(たいらの あつもり)を討った事で有名な熊谷直実(くまがい なおざね)は、1193年に法然上人を訪ね、大方丈裏の池で鎧を洗い、松の木に鎧をかけて出家したそうです(この松を「鎧かけの松」といいます)。
※『平家物語』巻第九「敦盛の最期」を読むと、さらに感慨深くなるかも・・・

浄土宗の始まりから源平合戦、戦国、幕末に至るまで、歴史ロマン溢れる「くろ谷さん」なのです。


くろ谷さん近くのカフェ、吉田山荘内にある「真古館」。大正浪漫あふれるお店の雰囲気が、とても心を落ち着かせてくれます。






こちらはハーブティーと焼き餅のセット。女将さん直筆の書が心憎い演出。毎日文章は変わるそうです。風流だな〜。

くろ谷さんに行かれた際には、ぜひお立ち寄りください。

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